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ハリウッドジャック
瀧の白糸
佐藤忠男氏(映画評論家)による解説
日本では無声映画時代の映画上映は騒々しいほどのにぎやかさのなかで行われていた。映画館の前では呼 び込みが大声をはりあげていた。館内の通路では休憩の時間になると菓子の売り子たちが「おせんにキャラ メル!」と叫んだ。上映が始まるとスクリーンの前では楽団が演奏したが、それはしばしば西洋楽器と日本 楽器の混成によるオーケストラという珍しいものだった。そしてスクリーンの横には弁士がいて、出演して いる俳優たちに代ってセリフを喋るだけでなく、感情をこめてストーリーまで語ったのである。 巨匠溝口健二はこの無声映画時代に57 本の映画を作っているが、そのうち残っているのは僅か6 本であ る。しかしそのなかに公開当時大ヒットした代表作のひとつと言われる「瀧の白糸」があるのは嬉しい。  1933 年に作られたこの作品は、主演女優の入江たか子が主宰する独立プロダクションである入江プロダ クションが製作したものである。日本映画の黄金時代だったこの時期には有名なスターたちの多くが自分で プロダクションを設立して活発な製作を行ったが、女優でプロダクションを主宰したのは彼女だけだった。 彼女は父親が子爵という貴族階級の出身であり、映画俳優がまだ差別的な眼で見られがちだったこの時期に は非常に珍しい存在だった。まず舞台女優として1928 年にチェーホフの芝居でデビューし、なによりも上 品な美しさで評判になり、同年中に映画にスカウトされてたちまち人気スターになった。身長162 センチ、 体重51 キロ、B82 センチ、W64 センチ、H89 センチ。着物姿も美しいが、見事なプロポーションで洋装の 着こなしでは当時の日本の女優には並ぶ者がいなかった。
 内田吐夢、田坂具隆、村田実など、のちにいずれも巨匠と呼ばれるようになる新進気鋭の若い監督たちが 競って彼女の主演作品を作ったので、入江たか子のキャリアはじつに充実したものとなり、1932 年には自 分のプロダクションを持つに至るのである。「瀧の白糸」はその彼女の人気絶頂期の作品である。悲劇的なメ ロドラマであるが、監督に起用された溝口健二はじつに重厚な演出で時代の気分を盛りあげ、明治の女の美 と意地を表現している。相手役の岡田時彦も、この時期、現代劇の男優では最もハンサムで、モダンな人気 スターだった。
 1929 年の作品である「東京行進曲」は残念ながら一部分しか残っていない。この作品では若い女優の夏 川静江が貧しいが純情可憐な娘の役で、これと対比的なぜいたくなブルジョア女性を入江たか子が演じてい る。夏川静江はこのあと、トーキー初期には、当時の日本映画ではもっとも理知的な美人のインテリ女性を 演じられる女優として人気を得た。
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